西安から五丈原・諸葛亮孔明廟へ!!死せる孔明、生ける仲達を走らす「星落秋風五丈原」

西安に行ったので、足を延ばして三国時代・蜀の名軍師「諸葛亮孔明」を祀った五丈原・諸葛亮孔明廟に行ってきました。

中学生の時から吉川英治の小説・横山光輝のマンガ・KOEIのゲームなど三国志の世界と散々触れあってきましたが、実際にその史跡を巡るのは今回が初めてです。

というか中国も10年ぶりの2回目で勝手が分からないので、ガイド付き個人ツアーを手配して連れてってもらいました。

五丈原にある諸葛亮孔明廟

諸葛亮孔明が願い叶わず散った五丈原の戦い、その舞台は西安から車で1時間半くらい西に行ったところにあります。渭水の南岸に位置し名前の雰囲気から大きな野原を勝手に想像していましたが、実際は切り立った台地のような場所でした。現在は麓も含めて五丈原村となっています。

ガイドさんによると、台地の細まったところが5丈の広さからその名前がついたとの事。実際にその端には行っていませんが15メートル位ですかね。

その台地に孔明を祀った廟があり、その廟を中心にいま現在も敷地内を造営していて、ゆくゆくはテーマパークみたいな施設にするのだとか。ちょうど役人さんの団体が視察に来ていて、施設の担当者は、県にお金をもっと出してもらうのに必死になって案内してたとかしてないとか(笑)

全体図と言うか、たぶん完成図?
僕が回れたのはこの台地の西側一部分だけです

敷地内は整備された公園になっています

麓の諸葛泉から続く階段

孔明が北斗に寿命を請う儀式をした祭壇
魏延がうっかりして主灯を消さなかったら、
歴史はどうなっていたのか?
当日はあいにく工事中のため入れず(泣)

廟にある鐘楼
いい音が響き渡ってました

赤兎馬の一生を表している絵
上段やや左には劉備の元へ行く関羽を惜しむ張遼の姿が
拡大して見て下さい

中に諸葛亮孔明が祀られています

孔明像

凛としながらも少し疲れた表情や目の下のくまが、
動乱に明け暮れた日々を現しているような気がします

孔明が没した時の冠と衣を納めた塚
塚の廻りは28本の石柱があり、
三顧の礼から五丈原で没するまでの28年を表しているとか

「あの星が私である、今に落ちるであろう」
「星落秋風五丈原」
夢半ばに54歳の生涯を閉じた孔明、

その孔明の宿星がこれ!!

その他には、出師の表の全文が壁に彫ってあったり(もちろん拓本も売っています笑)、八卦の陣のモチーフにした迷路もあったりと(笑)

どうも三国志は中国人のなかではそれほど人気ではないみたいで、観光客もまばらですので、落ち着いて見学出来ます。

三国志ファンには是非訪れて頂きたいところですし、僕自身は横山光輝のマンガが脳裏に浮かびながら感慨深く見学していました!!

五丈原の麓に諸葛泉

話が前後しますが、廟に行く前にまずは!!って事で五丈原の麓にある諸葛泉に立ち寄りました!!

諸葛泉は、五丈原の山上に駐屯した蜀軍が使った井戸とも言われています。いまだに水が湧いていて、地元集落の生活水として現在も使われているそうです。

五丈原麓の集落の一角にあります

諸葛泉の山上にある廟
楊儀・姜維・魏延が祀られています
(写真は楊儀)

こちらは魏延
傍らには馬岱がしっかりと見守っています(笑)

地元のおばあちゃん手作りの座布団?
安く譲ってくれると言うのを断らなければ、
旅の土産になったと、今さらながら後悔

魏延暗殺未遂の地・葫蘆谷

五丈原よりほんの少し東にあります。史跡としてはかなりマイナーみたいですが、ガイドさんから「葫蘆谷」という言葉を耳にして、おぉ!!って血がたぎるようでした(笑)

孔明が、司馬懿とともに将来災いの種になるであろう魏延を火計で暗殺しようとした場所です。不運にも突然の雨のお陰で火は鎮火して孔明の思惑は失敗となりましたが、これは吉川英治や横山光輝の世界での話。

どうもこの話は創作らしいのです。
が、そんな事は気にしません(笑)

近所の民家に描かれた壁画
拡大して見て下さい、司馬懿と魏延が逃げ惑っています

谷の上にある碑
となりに廟もあるのだが、鍵がかかって入れず

全くもってわかり辛いが、一応ここが谷になっている
確かに傾斜がそれなりにあるので、
火攻めにはもってこいの地形

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まとめ

この個人ツアーにあたって本当にお世話になったのが、ガイドの倪さんという方。日本語も上手ですし、謙虚さと親切心を兼ね揃えた上に経験知識もたっぷりで、ガイドの鏡と思える方でした!!

朝8時にホテルを出発し、五丈原以外も立ち寄って、西安に戻ってきたのが18時前くらい。道中は車中で写メや動画を使って中国の見所を存分に紹介してくれるなど、それなりにある移動時間があっという間でした。

下にリンクを張りますので、西安方面に行かれる方は、是非彼にガイドして頂く事をオススメします!!

 

最後に、、

横山光輝三国志のあとがきに、昭和61年にテレビ局の仕事でやっと漢中入りが出来たと。当時は五丈原や漢中は外国人立ち入り禁止地区だったとの事。

そういう時代に書いていた三国志を読んで興味を持ち、時を経て訪れる機会に恵まれた僕は、何とも感慨深い思いをさせて頂きました!!

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